東急バス インフォメーション&沿線ガイド【TOKYUBUS GUIDE MAP】

バス停名の由来を巡る旅 将軍家の遊戯場があった?!「鷹番」

「鷹番」バス停は、学芸大学駅から歩いて8分ほど。目黒通り沿いにあります。「鷹番」は目黒区の町名ですが、江戸時代には碑文谷村の字名(あざな)でした。その由来は、徳川歴代将軍の鷹狩りと関係があるとか。現在の街の景色からは“狩り”を想像できませんが、この地はどんな場所だったのでしょうか。

鷹狩りは、鷹を放して、野ガモなどの野鳥や小動物を捕える古くからの狩猟で、江戸時代には特に盛んに行われていました。八代将軍吉宗のころには、将軍家が鷹狩りを行う「鷹場(たかば)」が、江戸近郊に6つ置かれ、自然豊かな農村地帯だった目黒周辺もその一つになっていたのです。

鷹場への立ち入りは、農民や武士も許されず「鷹番」とよばれる役人によって監視され、この鷹番が住む「鷹番屋敷」が、この地にあったことが地名の由来となったと伝わります。また、「鷹場」「鷹場前」が転じて「鷹番」となったという説もあるようです。

ビルや店舗が立ち並ぶバス停周辺。一歩横道に入ると、静かな住宅街が広がります。

「鷹番」バス停から10分ほど歩いたところにある「碑文谷公園」の碑文谷池(弁天池)は、かつて「三谷(さんや)の池」とよばれ、現在より大きな池でした。多くの野ガモが飛来し、鷹狩りの好適地だったそう。鷹が悠々と空を舞う往時の面影を、深い緑の中に感じられる場所かもしれません。

時代を経て街の景色がすっかり変わった今でも、「鷹番」という地名が、この地の歴史を伝えてくれています。

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