柿の木坂二丁目は、目黒区の環七通り沿いの坂にあります。柿の木坂は町名として一丁目から三丁目まであるのですが、バス停のあるのは二丁目。柿の木坂自体は、もともと環七通りの交差点あたりから都立大学あたりまでの坂の名前でした。そもそも、「柿の木坂」というくらいだから、昔はさぞ、柿の木がいっぱいあったに違いない!と思うのがふつうではないでしょうか?
しかしながら、そうでもなさそう。まず、坂のそばに大きな柿の木があったからだとする説がひとつ。また、柿の木がたくさんあって、農民たちが野菜といっしょに柿を大八車で引いていると、手伝うふりをした悪童たちが、柿を抜き取って逃げたというので、「柿抜き坂」が転じたのだともいわれています。
ほかにも、このあたりは昔とても寂しく、長い急坂だったらしく、夕暮れ以降、この坂を通るときには、駆け抜けて通ったということから、「駆け抜け坂」といわれ、それが転じて「柿の木坂」となったという話もあります。「柿の木坂」という町名になったのは、目黒区ができた1932年。1965年ごろに、
一丁目~三丁目に分けられました。